長浜バイオ大学
蔡 晃植
【教員】
2019-09-20

富士通株式会社
豊田 建
【企業人】

ソフトウェア技術に力を入れる富士通株式会社は、グローバルな体制による研究推進や産学連携活動を強化しています。テクノロジビジネスマネジメント本部長の豊田 建さんは、「グローバルな研究開発でパーパスを共有するために、定期的な評価は必要不可欠」といいます。

グローバルな場所に出てこそ分かることがある
――豊田さんがJABEEの理事となった経緯を教えていただけますか?

わたしは富士通の研究のマネジメントの責任者をしています。もともとは人事畑におり、現在では未来を見据えたグローバルな人材育成に関わっていることもあり、当時のJABEE富田会長から打診されたことをきっかけに2020年よりJABEEの理事を務めています。

――豊田さんの現在のお仕事を教えてください。

研究の分野ごとの投資計画や、世界に7つある研究拠点のマネジメントなどを手掛けています。

富士通は現在、AI・コンピュータ・ネットワーク・セキュリティ・コンバージングテクノロジの5つの技術分野の研究開発に注力しており、特にソフトウェア技術を強化するため世界で優秀な人材を獲得しようとグローバルな研究体制を整えています。日本の他、アメリカ、イギリス、スペイン、中国に加えて、この2年間でインド、イスラエルにも拠点を設けました。特にインドは若い層の人口が多く、優秀な研究機関であるインド工科大学やインド理科大学院との共同研究を通じて人材を獲得できるという利点があります。

また2020年より、研究員が国を越えて5つの技術分野ごとに一体となるチーム編成で研究を進める運営をスタートし、グローバルマネージメントは必要不可欠となっています。

――海外との比較で見えてくる日本の学生の特質は何でしょうか?

海外の学生は、自分の売り込み方を知っているように見えます。海外はジョブ型雇用ですから、企業は経営戦略にあわせてジョブを規定し、職務遂行にふさわしい経験・スキルのある人材を起用します。一方で日本は学校推薦枠があるように、待っていれば就職のお誘いがあり、企業も待っていれば学生が来てくれるという従来のシステムがあります。学生が危機感を持ちにくい環境なんですよね。海外でチャレンジしていく必要を感じにくいかもしれません。

一方、企業はこれから海外の優秀な人材を入れることになると思います。技術者はどんどん世界を移動していく時代です。日本人の学生は、環境を変えるストレスを嫌う傾向がありますが、自分の範囲だけ考えていては破れない壁があります。イノベーションとは、全然違う思考回路を持つ者同士がぶつからないと出てこないものです。海外の研究者と切磋琢磨していくことで大きく成長できるかと思います。

領域横断的な場を継続させるために必要な「評価」
――JABEEの審査基準である(a)~(i)の9項目は、技術だけでなく総合的な教育を目指しています。この“ものさし”についてどうお考えでしょうか?

かつてのように日本国内で良いものをつくって売っていけば生きていける時代ではなく、一人一人がグローバルで勝負していかなければならない現代の技術者にとって、(a)~(i)はどれも必須の力です。中でも(h)制約下での業務推進や(i)チームワークの能力については、日本は海外に比して秀でていると感じます。これからは、もっと自覚的にこの能力を打ち出していく必要があります。これらは日本のエンジニアとしての価値であり、日本が生き抜いていくために必要な能力だからです。

JABEEの掲げるこの9項目とよく似た概念として、経済産業省が提唱する「社会人基礎力」というエッセンシャルな12の能力要素があります。「考え抜く力」「チームで働く力」などあり、一時はわが社の採用基準や人材育成においてこれを“ものさし”として活用していました。技術者を目指す学生の教育にとっては、JABEEのプログラム認定が国内外で有効な“ものさし”になるはずです。

――JABEE認定プログラムは、企業が欲する人材の育成に寄与していると思われますか?

教育プログラムを評価するこの“ものさし”があることで、取り組みの実績が顕在化し、共有できるわけですから、とても重要な共通言語になると考えています。

富士通の例で言うと、国内外の大学内に富士通の研究員が常駐して多分野の先生や学生と産学連携を行う「スモールリサーチラボ」という取り組みをスタートしました。たとえば、日本で初めての台風専門の研究拠点である台風科学技術研究センターが横浜国立大学にありますが、そこに共同研究の拠点となるスモールリサーチラボを置いています。台風のメカニズムや進路、もたらす被害を当社のスーパーコンピュータやAIを使って解明しようという研究です。将来的には台風が発生するエネルギーを使って発電することを目指す非常に面白く意義深い研究をしています。このように大学内のスペースに富士通の研究所を開設するスモールリサーチラボを現在国内13、海外5設置しています。

それぞれの研究はいずれも中長期的であり、進捗の見える化が必要となってきます。また、こうした活性の高い研究が今後も生まれてくるように再現性を確保しなければなりません。そこで、富士通が共同研究に期待するパーパスに対して大学がどのように取り組んでいるかが分かる“ものさし”として、10の評価項目をつくり1年ごとに評価することにしました。当初は、企業が大学を評価するように見えることへの違和感からご意見もあったのですが、最終的には中長期的に研究を継続させ、イノベーションを生むためにはこうした評価が必要性であることをご理解いただきました。知見を確立するというアカデミアとしてのパーパスと、その知見を技術に生かして世の中を良くしていこうという担う企業のパーパスを重ね、認識を共有する“ものさし”づくりは不可欠です。 JABEEの認定プログラムも、大学の学生教育と企業の求める人材育成を重ねる上で、同様の必要性があるのではないかと思います。

「社会として“ものさし”は必要である」という機運をつくる
――他にも、技術者のモチベーションや向上心を高める取り組みをご存じでしたら教えてください。

わたしが社長を兼務しているインドの会社では、若い研究員たちにITの力でインドの社会課題を解決する提案を求めるプログラムをスタートしました。すると、バンガロールの湖の汚染された水を自動で清浄化する船のシステムを提案してきた研究員がいたんです。自分に子供ができたら、かつてのようにきれいな水の湖に連れて行きたいんだ、と。自分の持つテクノロジーで愛する湖を綺麗にできたら、それは彼らにとってかけがえのない体験になりますよね。その他にも、ゲノム解析技術で難病を解決したい、AIを使ってインドの農業を効率化したいなどの提案がありました。プロジェクトを稼働する際の費用対効果も睨みつつ、実際に「テクノロジーで世の中を持続可能にしていく」実践を重ねていく機会を企業側が用意するのは技術者の育成に有効です。実践し、認定する、という繰り返しが必要だと思われます。

――JABEE認定プログラムの意義がさらに社会に浸透するために、今後どういった取り組みが考えられますか?

企業がJABEEを支える利点を明確にできるといいですね。たとえば、9項目を技術者人材に求める能力として企業の人材育成でも活用していく。すべての能力を網羅的に押さえるだけでなく、伸ばしたい項目について実践を組み込むなどです。たとえば、(a)の能力を持つ人材は少ないので、それを経験によって補強していくカリキュラムをつくっていくなどです。企業としても人材育成は最重要事項なので認定機構を支えるモチベーションが生まれます。先ほどお話した「社会人基礎力」では、毎年グランプリを開催しています。学生主導で社会課題を解決する提案を打ち出し、実際に社会に働きかけてプロジェクトを進め、その取り組みを通じてどのくらい成長したかを社会人基礎力のものさしで評価します。わたしはその審査員を務めていたことがあります。大学側とするとこれを大学の教育の質の高さとしてそのまま打ち出せるという利点があります。つまり、“ものさし”の有効性を謳いやすいわけです。

「社会として“ものさし”は必要である」という機運をつくることは重要です。人材採用する企業にメリットがあるだけでなく、JABEE認定プログラムの履修生が増えることで国や社会がもっとよくなるという道筋を示せればと考えています。

――豊田さん、ありがとうございました。

(2024年8月)

豊田 建さん プロフィール

1986年横浜国立大学 教育学部を卒業後、富士通株式会社に入社。人事、総務、人材採用の経験を経て、2019年当時の(株)富士通研究所に異動、研究開発の分野ごとの投資計画や、世界に7つある研究拠点のマネジメントを担う。2021年4月に富士通(株)と合併、現在に至る。2024年4月からはインド研究拠点のFujitsu Research of India Pvt.Ltd.代表取締役も兼務。