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野中 舞
【建築分野修了生】
2017-12-30

横浜国立大学
森下 信
【教員】

「大学が教育の質を見直す機会を持つ上で、JABEEの認定制度は極めて意義深い」と話すのは、横浜国立大学副学長の森下信先生。ご自身は長年JABEE認定の審査員、審査長を務められ、さらに教授を務める理工学部の機械工学教育プログラムはJABEEの認定を受けています。審査する側、される側、どちらの立場も熟知する森下先生に、日本の高等教育の現場に今何が必要なのか、核心に迫るお話を伺いました。

教育の質を保証しながら多様性を守る
―― JABEEというプログラム認定制度の必要性について、どうお考えですか?

まず、大学の学科というものは、複数名の教員で手分けして教えています。そして各教員は、教育者である前に研究者です。つまり講義は各々の教員の研究を背景にしたものとなりますから、教える内容にばらつきが出てきます。しかしながら、学科全体でその教育内容について議論する機会がほとんどないのが実状です。しかも、大学の教員は小中高の先生と違って“教え方”を教わってきていません。

そうなると、「国内で教育のレベルを合わせなければならない」という話が出てきます。さらには、国際社会のグローバル化とも連動して「国によって教育の質が変わるわけにはいかない」という話に発展します。そこで生まれたのが、国際的な教育の同等性を確保する『ワシントン協定』です。

JABEEは、日本で唯一のワシントン協定加盟機関です。認定基準以上の教育を確保するためのプログラム認定制度であり、同時に、大学にいる個性豊かな教員の教え方を画一化しないことを大事にしています。発展するためには、多様性が必要ですからね。質の保証と多様性、この両方を兼ね備えた認定制度がJABEEだと考えています。

教育に、真に向き合う人材が必要
―― JABEE認定プログラムを提供している学科数は、全体の中でどの程度の割合でしょうか?

JABEEの認定対象となる学科は、全国で2000程度あり、そのうち認定を受けているプログラムは4分の1程度です。できれば対象学科はすべてJABEE認定を受けてもらいたいところですが、大学の予算削減の傾向にあるこの時世にJABEE認定に関わる費用を認めてもらうのが難しい、といった苦労もあるようです。ただ、入学志望者の確保に苦戦する大学が多い昨今においては、国際的なレベルにあると認められたJABEE認定プログラムを提供できる大学である、と高校側に示せるのは大きなメリットだといえます。

一方、高校側にもJABEEの価値を理解してもらいたいところですが、さまざまな障壁があります。高校は、これから生徒の進もうとする大学がどんな教育を目指しているのか、と教育内容に立ち入って考えることなく、単純に偏差値の高い大学に生徒を入学させることを目指してしまいがちです。また、高校の教科にも大学の入試にもない “工学”について理解する高校教師はほとんどいませんから、技術者を育てるJABEE認定プログラムに興味をもっていただくのは難しい。しかし、本来は高校でも生徒たちの将来をもっと長い目で見て考える必要がありますよね。JABEE認定プログラムがある大学を生徒にしっかり伝えるなどの動きがつくられていくことを願っています。

―― JABEEの審査員、審査長も勤められていた経験から、感じられていることはありますか?

わたしは審査員もしますし、一方で大学で認定を受ける側にもいますから、両サイドから認定内容に触れる局面があります。強く感じるのは、大学教員が審査員に対してモノを言う、というのはとても難しいということです。こんなことを言っては判断に影響があるのでは、と思ってしまいがちですよね。ただ、認定は大学とJABEEがお互いに納得をして成り立っているものであり、JABEEの一方的な判断でもなければ、JABEEが高い位置にあるというわけでもない。審査する側、される側が「大学教育をよりよくする」という同じ志を持つことが必要なのです。

大学には残念ながら優れた教育をする教員を評価するシステムがありませんが、そうした方々こそぜひ審査員候補として手を挙げていただきたい。良質な審査員のなり手となる母集団を広げていくことは、日本の技術者教育の質を高めていくことにまっすぐつながります。

また、大学の教員だけでは「技術者は何たるか」は分かりきらないですから、産業界からの審査員も必要となります。最近は、非常に質の高い企業からの審査員が入ってきています。

審査をする際は、審査内容がぶれないための膨大な検討を重ねます。1次審査、2次審査、さらには審査長が集まって検討する分野別会議とあり、その間に大学側とも緊密なやりとりをし、およそ半年をかけて認定されます。それだけ「教育の国際的な同等性」を認める作業は厳密なものです。

活動時に機械工学科の先生方が「自分の学生は自信をもって推薦してやる」と言っていらしたのが印象的でした。JABEE認定プログラムでの指導は、先生方にとってもとても大変なことだと聞きますが、履修生には胸を張って社会に送り出せる教育をして下さったということなのですね。

―― JABEEの認定を受ける時、大学側はどんな努力が必要なのでしょうか?

本学では、機械工学系の学科が、JABEEの認定を受けた後、6年間の認定期間が切れると同時にいったんやめてしまった時期がありました。というのも、学内から「一度JABEE認定を受けたことで、だいたい保持するべき教育レベルが分かったのだから、もうやめていいのでは?」という意見も出てきたわけです。ところが、PDCAサイクル(Plan-Do-Check-Action)というのは、チェックがないと全体が甘くなってくるんですよね。やめてみたことでそれが実感され、2016年より再びJABEE認定を受けるようになりました。当然手間がかかりますが、手間がかかるからやめていいという類のものではないんですね。

大学とは“教育”と“研究”を同時に進める教育機関ですが、実のところ、どちらかというと研究に重点を置く風潮があります。なぜならば、大学教員の評価は研究の成果によってなされるからです。そのため、教育を“雑用”と考える向きまである。しかし本来、大学は人材育成のためにあるものです。それを忘れてはなりません。 評価は研究、でも教育は大切だ、という矛盾は常に存在します。だからこそ、第三者機関がチェックをする必要があると考えます。

JABEEが社会にもたらす変化
――「大学教育をよくする」というのは、大きくて難しい課題ですね。

おっしゃる通りです。それ以前に、大学教育そのものが難しいのです。単に、教科書を読めば分かるというものでもない。よくパワーポイントの資料を使って講義する方がおられますが、それで学生が理解できるとは、個人的には思えません。人間の思考のスピードは、ちょうど板書のスピードだそうです。面白いですね。教え方ひとつとっても、深い洞察が必要です。

また、たとえば教科書に方程式やグラフが書いてあるとしますよね。それを丸ごと覚えるように学ぶのではなく、その方程式の性質を理解し、自分で説明できるようになることが大事です。なぜなら、そこまで自分のものにしないと、技術者として役に立たないから。そして、解は常に複数あります。多様な教え方を認めるJABEEは、現場で生きる教育ができるように考えられているわけです。

教育を“雑用”と考える大学の風潮は、ここのところ少しずつ変わってきています。たとえばJABEEの認定プログラムでは、シラバスの記載を求めています。シラバスは「学生と教員の契約書」であり、評価の基準も公表します。それらをつくるためにかかる労力は膨大にかかりますが、教育の国際的な同等性を担保するために必要なものです。一昔前の大学には、まったく欠落していた発想ですね。

―― JABEEによる教育プログラムの認定がさらに広がりを見せることで、社会はどう変わっていくでしょうか?

大学を受験する時は “偏差値”を気にすることが多いと思いますが、実のところ、大学入学直後の学生の能力には、それほど差があるとは言えません。ところが、出る時には大きな差がついてしまっているのが現状です。JABEE認定プログラムを履修することで、大学間格差が少なくなり、どの大学でも意義あるプログラムが履修できるようになるといいですよね。そのためには、社会全体がより深くJABEEの意義を理解する必要があるはずです。

また、たとえば欧米では、企業同士が相対する場面で博士号を持った人間が出ていくと、相手の企業も同じレベルの人間を出してきます。こうしたふるまいを見た日本企業は、社員に博士号をとらせる制度を導入しました。これが、社会人ドクターの誕生です。同じように、JABEE認定プログラムの履修が、国際的に活躍するために必要なステイタスとなってくる未来があると考えます。

教育は、常に見直し、常に正す必要がある
―― 教育は、常に見直し、常に正す必要がある

JABEE認定プログラムを履修すると技術士の第一次試験が免除される、など謳われていますが、何より、JABEEを通じて「教育を見直す」機会をつくられることの意義は大きいです。一般的には、教員が自身の教育を見直す機会なんて、学生の講義感想文を読む時くらいでしょう?でもあれは、ちょっと怒ったら評価が下がる、といった程度のものです(笑)。

教育は、常にチェックをかけて修正をしながら、スパイラルアップする工夫をする必要があります。人間ですから、マンネリ化するとどうしても質が落ちるのです。そうした時、自分に指摘をしてくれる立場の人がいるのは、とても大事なことです。

一定の質を保持した教育をしながら、偏りをつくらず、なおかつ学生にとって印象に残る講義をする。そこで初めて、個性のある教育ができる、と言えますし、学生にとって意義ある教育が続けられると言えます。

―― 森下先生、ありがとうございました。

(2017年12月)

森下 信先生 プロフィール

1983年東京大学大学院工学系研究科修了。1990年プリンストン大学客員フェロー、1991年マサチューセッツ工科大学客員研究員を経て、1997年横浜国立大学教授に就任。現在は同大学理事(研究・評価担当)および副学長を務める。工学博士。