長浜バイオ大学
蔡 晃植
【教員】
2019-09-20

大成建設株式会社
長﨑 了
【土木分野修了生】

2017年にお話いただいた大成建設株式会社国際事業本部の長﨑了さん。現在はフィリピンにて高速鉄道関連事業の現場を担当しています。「日本のスタンダードが通用しない海外にいるからこそ、身につく力がある」と長﨑さんは言います。

現場で臨機応変に対応するために必要な力とは
――1回目のインタビューから7年経ちました。今はどちらにいらっしゃいますか?

2019年11月よりフィリピン赴任となり、マニラにて鉄道高架橋・駅舎・車両基地から構成されるプロジェクトに携わっています。

本事業は、マニラ中心部と北方郊外を結ぶ高架鉄道事業であり、大幅に所要時間を短縮することからマニラ及び近郊部の公共交通網の強化と深刻な交通渋滞の緩和等への寄与が期待されています。弊社は、現地ゼネコンDMCIとJVを組み21キロの高架橋と駅舎を6つ、デポと呼ばれる車両基地から構成されるプロジェクト(日本政府開発援助ODAの有償資金協力対象案件)を受注し、わたしは駅舎の施工を担当しています。今年中で駅舎のコンクリート躯体部分の構築は完了する予定で、2026年に竣工予定となります。工事規模で言いますと、鉄道、駅舎、車両基地関係全体で日本人社員は30人程が関わり、トータルで約1千億円、日本ではなかなか手掛けられる規模ではないと感じています。

――どんなキャリアビジョンを描いていたのでしょうか?

弊社の土木部門は設計と施工を行き来できる珍しい組織なのですが、今までわたしは設計経験が長かったため現場では設計担当として期待される事が多く施工に携わる機会が多くありませんでした。ですが入社動機である現場施工を望んでいたところ、「海外は比較的大らかで設計と施工の境目がなく、設計出身のあなたでも現場を任せてもらえるのではないか」と背中を押してくれる方がいて、本プロジェクトへの配属が叶いました。

元請けとしてモノをつくる会社で実力をつけるためには、エンジニアリングのスキルと同時に、人を束ね、部署同士の連携をとるマネジメントのスキルも身につける必要があります。特にエンジニアリング力は、設計だけでなく施工を手掛ける現場経験を重ねてこそ身につきます。土木は自然を相手にする局面が多く、その場で臨機応変な対応する力が重要なため、現場を知ることが必須なのです。

海外で働く技術者を支えるコミュニケーションスキル
――JABEEには「自立したエンジニアになること」というキーワードがありますが、どう思われますか?

“自立したエンジニア”というのは、技術面、コスト面、人間関係など総合的なマネジメントができるエンジニアであるということだと思います。

わたしはマニラの現場に来て初めて、自分が設計・施工の両方を経験してきたことの価値を知りました。たとえば、駅舎の基礎を掘る時に必要な土留め壁ですが、テンポラリーなものなので安く作れた方がいい。その時、設計計算ができるからこそコストを押さえる塩梅が分かり、的確な補強方法なども提案できるわけです。またサブコン(専門工事業者)とのやりとりでも、ぱっと手で電卓を叩けると信頼性が増します。設計を知った上で施工を担当できるという事は、良いものを提供するという意味においてより貢献できると実感します。

――JABEE修了生が身につけているべき能力の中に「(i)チームで仕事をするための能力」があります。国や立場を越えた多くの人たちとコラボレーションする経験の中で何が大切だと思われていますか?

フィリピン人は第二言語の英語が達者なので、日本人が拙い英語で彼らと話すときにどうしても限界があります。それを埋め合わせることができるのは、心、かなと。 1年目はよくサブコンの責任者と喧嘩していたんですよ(笑)。そこで思い出したのは、フィリピンに赴任して2週間後に生まれた娘のことです。子どもって、泣くんですよね。自分の意志が言葉で伝えられなくて。わたしもそうだったんです。何で伝わらないんだ、何で分かってくれないんだ、と。でもコミュニケーションとは本当は言葉だけでなく、誠実に心を交わす人間力があれば補完できるんですよね。

喧嘩した彼とは今でも親しく付き合っています。どちらかがおかしいことを言ったり、だまそうとしていたらこの関係は続いていなかったはずです。「チームで仕事をするための能力」というのはそうした誠実性がベースではないかと思います。

――フィリピンの就職環境はいかがでしょうか?

人材募集はしていますが、人と人のつながりで雇う方が、良い人材が来てくれますね。そして基本的にジョブ型ですから、1-2年働いてプロジェクトの区切りがついたら留学したり他のプロジェクトへ移るだったり、というフットワークの軽い学び方、働き方をしています。たとえば縁あってフィリピンのホーリーエンジェルユニバーシティの学生たちを多く採用していますが、優秀だと思った学生には海外留学できる奨学金制度を紹介し、日本での研究を薦めたりしています。

実は日本の学生は、海外で研究・就職活動しやすい環境なんですよ。日本はいわゆる「パスポートが強い国」なので海外渡航へのハードルが低いです。比して、フィリピン人は英語が話せるから留学に強いはずですが、ビザの申請に時間がかかるなど渡航に労力を要します。それでも多くの人が就職・留学で外へ出ていっている事実があります。日本人は英語の壁を乗り越えていけるかが課題ですね。母国語の使える心地よい環境から出てこそ広がる世界があるとわたしは感じましたから。

技術という共通言語を持ち、世界に出る
――海外での仕事の醍醐味は何でしょうか?

より多くの人たちとともにモノを作っていくこと、そして仕事の規模が大きいことです。また、海外は日本のような口約束文化はなく徹底した契約社会ですから、専門工事業者が元請けに忖度するようなこともなく、ある意味フェアです。それがわたしには合っているように感じます。

――他国のエンジニアとの付き合いで感じることはありますか?

日本語で書かれた仕様書は誰にも見てもらえないことに改めて気付きました。いくら中身が似ていても日本のスタンダードで勉強した自分としては、これが通用せずに英国やアメリカのコードでストーリーをつくらないと説得できないというもどかしい思いを何度もしました。多様な国のエンジニアと相対する海外では共通言語となるコードがとても重要なのです。また、エンジニアたちはよく「same languageで話したい」と言います。設計や計算など技術的なことは、母国語は違うけれど同じ絵や数字を見て話ができる、といった意味です。他の技術者から「same languageで話せるからオマエのことが好きなんだよ」と言われた時は嬉しかったですね、技術は共通言語なんだなと。助けを求めたくても母国との距離が遠いところにいた自分にとって、設計の知識はアドバンテージでした。そして今後も技術面で専門を深め、切り拓いていく必要があると思っています。そうせざるを得ない環境にいるからこそ頑張れるのかもしれません。

――日本にいる学生に伝えたいことはありますか?

わたしは日本が好きなので、将来は日本に住みたいと思っています。一方で、今後日本が生き残っていくのは難しい、とも思っているんです。海外に出てみて初めて「危ないな、日本」と感じる事が多くなってきました。だから何かあった時、自分で海外においても働き口を見つけられるようにと自分の価値を高めるべく頑張っています。

学生に伝えたいことは特にありません。誰かに何かを言われたら気づく、というものでもないと思いますので。若い頃は勉学にも励まず無気力に過ごしていたため、単身赴任中の親が帰ってくると「ヒトとしてお前はあかん」と怒られていました。中2の頃ふと、頑張らないと人生が楽しくないなと自ら気づく事が出来て、勉強するようになりました。以降は大学や会社などにいる優秀な人たちに影響されつつ、もっと実力をつけたいと頑張っています。

大事なのは、今いるところを離れて、自分の信じ込んでいた常識に対して違和感を持つことのできる環境へと飛び込んでいくことではないでしょうか。

――長﨑さん、ありがとうございました。

(2024年8月)

長﨑 了さん プロフィール

2006年名古屋大学工学部 社会環境工学科を修了。2008年名古屋大学大学院 工学研究科 社会基盤工学専攻を修了後、大成建設株式会社に入社。設計、施工の経験を経て国際事業本部に異動し現在に至る。技術士(建設部門)。

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