会長メッセージ
現会長・歴代会長からのメッセージです。
会長挨拶
就任挨拶-JABEE発足時の初心に帰って
JABEE会長 岸本喜久雄(きしもと きくお)
2023年6月1日の理事会で富田達夫前会長の後任として第6代会長に選任されました。
JABEEは1999年に設立され、20年以上にわたり高等教育機関における工学・農学・理学系技術者を育成する教育プログラムを「技術者に必要な知識と能力」「社会の要求水準」などの観点から審査し、認定することを行い、実績を挙げてきています。2005年には国際エンジニアリング連合(International Engineering Alliance, IEA )における国際協定(ワシントン協定)に我が国唯一の団体として正式加盟をしています。2021年度までの認定プログラムの累計は500を超え、修了生の累計は約34万人に達しています。また、専門職大学院の認証評価や国立高等専門学校の本科の教育プログラムの認定システムの認証も行っています。国際的にはIEAにおけるエンジニアリング教育認定団体のワシントン協定をはじめとして、情報系の教育認定団体のソウル協定や建築教育認定団体のキャンベラ協定の正式加盟団体としても国際的枠組みのなかで活動を進めています。国際協定の目的は、認定された技術者教育プログラムの修了者が技術業を専門職として行うための高等教育の要件を国・地域を越えて同等に満たしていることを相互に認め合うことにあります。このことからJABEEよる認定プログラムは国際的に同等な水準にあることが保証されているといえます。
エンジニアリングは、ひとの営みとしてなされることから、優れたエンジニアリングを実践するためには、それを担う資質・能力のある人材が必要であることは言うまでもありません。技術者(エンジニア)を目指す高等教育の修了生にはどのような知識・能力を期待するのか、また、熟練した技術者やプロフェッショナル・エンジニアにはどのような資質・能力(コンピテンシー)が必要なのか、そして、その効果的な人材育成プログラムはどの様なものか、その達成度はどの様に評価すべきなのか、等々について関係者が共通の認識を持って人材の育成を実践していく必要があります。共通認識を醸成する場として、国際的には上述のIEAがあります。IEAでは高等教育機関における教育の質保証・国際的同等性の確保と、専門職資格の質の確保・国際流動化は同一線上にあるという認識の下に、高等教育課程の修了生に求められる知識・能力(Graduate Attributes, GA)と高度専門職としてのコンピテンシー(Professional Competencies, PC)を定め、加盟国・地域の教育プログラムや技術者資格の認定はこれらを参照基準として行うことを要求しています。すなわち、まず、認定基準に適合した高等教育プログラムを学修することで、修了生に求められるGAを身につけて技術者としてスタートする段階、続いて、実務による経験と初期能力開発(Initial Professional Development, IPD)による研鑽を行うこことで技術者に求められる高度専門職としての能力PCを身につけて、技術者資格を獲得する段階、その後は、継続研鑽(Continuing Professional Development, CPD)を行いつつ専門職としての技術者として活躍する段階、で構成されています。したがって、このような枠組みが機能していくためには、(1)高等教育課程の認定、(2)初期能力開発、(3)技術者資格の認定、および(4)継続研鑽の仕組みを整備することが必要となります。国際的な同等性の確保の観点からは、卒業生としての知識・能力(GA)と専門職としてのコンピテンシー(PC)の内容・水準を合わせることが相互認証の要件となります。IEAの加盟団体はIEAが定めたGA、PCを模範にして教育認定ならびに技術者資格の認定を行うことが責務とされています。JABEEの認定基準もこのような背景にもとに構築されています。
高等教育の修了生が身につけるべきGAと専門職としてのエンジニアに求められるPCについて、このようなIEAなどにおける活動を通じて世界的な共通認識が醸成されています。それらは、エンジニアリング基礎や専門知識に加えて、分析力、解析力、デザイン力や汎用的能力などで構成されています。IEAが求めるGAとPCについては2021年に改定第4版が承認・発効されました。このような改定が行われた背景には、世界が志向するより持続可能で公正な社会の実現に向けて、エンジニアリング専門職が果たすべき役割が変化してきたことがあります。これからの時代を担う人材は、社会を改革し、未来を創造するためのコンピテンシーを獲得し、発揮することが期待されています。IEAの加盟団体はこの改定に準拠して認定を行っていくことが求められています。すなわち、新しいGAに沿った教育プログラムに改定していくことが高等教育機関には求められることになります。
さて、ワシントン協定に加盟するにはまず暫定加盟団体になることが必要で、既存加盟団体のうち2/3以上の賛同を得ることが求められます。その後、認定プログラム数を増加させる等の認定体制の充実を図り、さらに加盟審査チームによる評価を経て、全加盟団体の賛同が得られると、ようやく正式加盟となります。全ての加盟団体からの承認が求めれることから正式加盟までは長い道のりになります。ワシントン協定の総会では、新しい加盟団体が決定すると、会場の外で待機していた新メンバーの一行を会場に迎え入れ、万雷の拍手で祝福をします。入場してきたメンバーからはこれまでの努力が報われた喜びと、自国の教育プログラムが世界標準に沿ったものとして認められた充実感が伝わってくる素晴らしい瞬間です。加盟団体は世界中に広がりつつあり、加盟支援のためのメンタリング活動が加盟団体の協力の下で行われています。JABEEはインドネシア技術者教育認定団体(IABEE)の設立支援を2014年に開始し、IABEEが2022年に正式加盟を果たし、2023年の6月の総会で全権付与のメンバーとなるまで長期間に亘りサポートをしてきました。正式加盟の手続きは、コロナパンデミックの影響を受けて通常の時よりも長くかかってしまい、関係者の忍耐と努力は並大抵のものではありませんでした。IABEEの正式加盟はJABEEにとっても大きな成果であり、喜びでもあります。私自身も総会に参加し、IABEEのメンバーと喜びを分かち合う機会を持つことができました。
このようななか、国内の状況を振り返ると、未認定のプログラムが数多くあることや、認定の継続を辞退するプログラムが続いていることなど、世界の動きとは逆方向に向かっている状況が見られます。認定プログラムの減少が、JABEE事業の継続性を脅かす懸念として生じています。このような事態は、我が国の高等教育の関心が内向き指向になっていることとも関係しているように思われます。日本の科学技術がかつての輝きを失っているということも言われています。様々な課題を抱える現代において、社会の変革や新産業の創出を担い、国際的な水準で活躍する人材の育成・確保は喫緊の課題であるといえます。このようななか我が国のエンジニアの育成はどのようにあるべきかを真摯に考えていく必要があるように思います。それには、国内の状況にだけ目を向けるのではなく、世界の動きを注視しつつ技術者の育成に取り組むことが求められているように思います。
私自身は JABEEの立ち上げの頃からかかわって参りました。はじめは機械系分野の活動からスタートし、次第にJABEE全体の活動に軸足を置くようになりました。特にJABEE発足当時の熱い議論をよく覚えています。我が国の技術者教育を刷新し、世界に通用する優れた技術者を育成してこうとする意欲に満ちあふれていたと思います。産学官の間でも活発に議論がなされていました。このJABEE発足当時の初心に帰ってJABEEの活動を関連学協会とも緊密に連携しながら進めて参りたいと思います。新会長として、JABEEの活動強化に少しでも貢献できるよう頑張って参ります。皆様方のご協力をよろしくお願い申し上げます。
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