「大学という場において、教育と研究を分けて考えることはないんです。良き研究指導をすることで、良き研究者になれるのだから。」と話すのは、長浜バイオ大学・蔡 晃植学長。教員と法人が一体となった指導体制を築きながら、科学分野におけるこれからの大学のあるべき姿を模索し続けています。理念と実践の合致した大学運営を牽引する蔡学長に、その極意を伺いました。
「今、必要な研究とは何か?」と常に問い、学内の新陳代謝を促すしくみをつくる
―― 長浜バイオ大学には、どんな特徴がありますか?
本学は、日本で唯一のバイオサイエンスに特化した大学として、2003年に開学しました。人間性豊かで、且つ科学的合理性も兼ね備えた「行動する思考人」を育成すべく、学生指導にあたる教員の研究と教育を法人が全力で支えるような体制をとっているのが運営上の特徴だと言えますね。これは、開学以来ずっと通してきたことでもあります。昨今は大学の財政難が問題視されていますが、本学では研究に対する財政的なバックアップについて尽力することで、高い質の研究力を担保しております。これは、2019年度の科学研究費の取得率が30%を超え、イギリスの科学誌ネイチャーに発表した論文数が2017年に45位であり、教員あたりに換算すると全国でもトップクラスに入ることでも証明されています。質のいい学生を輩出するためには、高い研究力を持つ必要があるわけで、その環境づくりには手間暇を惜しみません。
―― 良き教員を招聘するために工夫していることはありますか?
どんなに有名な研究室でも、その先生が退官した後にその研究室が引き継がれることはありません。研究室はクローズし、新たに「今後どんな分野の研究が必要か」を学内で検討して、新たな分野での教員を公募します。そこで大事にしているのは、研究室内部からの人材登用は行わず、完全公募とすること。新陳代謝を活発にすることによって、より意欲に溢れ、能力豊かな教員を採用することができるからです。1人の公募に対して、通常だと約100名以上の応募があります。
ベネフィットを理解し、目的意識を高めることで学生の意欲が引き出されていく
―― 学生たちを指導する上で、大事にしていることはありますか?
研究者として確実に必要なのは、英語力です。博士課程を修了するには、英語論文が一報以上受理されなければならず、みんな泣きながら論文と格闘していますよ(笑)。学部では、一般科目がタイトになったとしても英語クラスはしっかりと確保し、全学生がTOEICを受けます。
新入生は、高校時代の学習の定着具合に差があります。大学では学力が不足している学生にどう接するか、ということが議論されますが、本学では学生が挫折しないためのセイフティネットづくりに積極的に取り組んでいます。日本では勉学のつまづきなどにより大学を中退する学生は男子15%、女子10%となっており、この大学中退者の70%は非正規雇用であることから、社会的な問題になっております。また、中退した途端に奨学金の返済義務が発生し、滞納すると給料の差し押さえもあるなど、非常に厳しい現実が待っていることから、中退者を減らすことは大学教育に携わるものとして避けて通ることができないものだと考えています。そこで、本学では学習支援センターを設置し、勉学に対する学生のサポートを恒常的に行うようにしております。
中退の理由としては、勉学とは別に、一人暮らしの不安や環境変化への適応困難などもあり、そうした学生たちに寄り添うために「ぴあサポーター」というチューター制度を設けることにしました。先輩である学生チューター1人につき新入生10人をつけ、勉学や生活について相談できるような環境をつくったのです。この試みにより、昨年度中退した新入生はたった1人まで減りました。この方法は他大からも関心が寄せられています。
勉学の場づくりに真正面から取り組むことは大事です。一昨年からは大学のリブランディング・プロジェクトを提唱しており、この動きに対してJABEEは大きく寄与しています。
―― JABEEが果たしている役割を教えてください。
本学では全学科がJABEE認定プログラムとなっています。この価値は非常に高く、「教育レベルがJABEEに認定されている」ことを高校生にアピールすることで、目的意識の高い受験生が興味を持ちます。技術士資格をとりたくてもとれなかったという保護者の方が、JABEE認定プログラムの修了生は技術士資格試験の第一次試験が免除されることを知り、「ならばこの大学で学ぶのがいい」とアドバイスされて入学したという学生もいます。
ただ、大学側が何の発信もしなければ、学生がJABEEの価値を理解することなどない、という実感もあります。そこで、今年度から「サイエンスイノベーション入門」という必修授業の1コマを使ってJABEEについての講義をすることにしました。JABEE認定プログラムの履修は学生にとって何がいいか、技術修習生になりたければ4年間かけてどういう学びを得てどう実践とつなげるべきか、細かく説明をします。とかく大学に足らないのは、こうした導入科目です。重要なのは、ベネフィットを理解し、目的意識を持って学ぶこと。JABEEの価値を学生が理解することで、受験希望者の意識まで変わってくると考えます。
加えて、JABEE導入と連動して力を注いでいるのは実習での学びです。1年生から3年生までの3年間に約900時間の実習授業が入っています。というのも、バイオサイエンスの分野では、技術から知識が入ってくるという順番の学びもあると考えているからです。実習の時間を最大限に充実させるべく、限られた財源の中から充分な機材を揃える工面をしたり、実験サポートの人材を確保するなど環境整備にも努めています。これが功を奏し、「やりたいことができる大学」「自分を伸ばしてくれる大学」と学生から評価されています。
JABEEのプログラム認定は、学びを実践に生かすためのものであり、本学はまさにそれを体現している状態です。
学生の成績も講義プログラムも客観的評価を導入して“透明化”を図る
―― こうした細やかな指導ができるのは、教育のしくみを根本から見直しているからでしょうか?
はい。本気で教育に取り組もうと思えば、手間はかかっても改革が必要です。本学では、それぞれの学生について各科目ごとに“目標に対してどの程度まで到達しているか”を示すしくみをつくっています。今年度から、小テストやレポートなどもすべて「ルーブリック評価(学習到達度を示す配点と、重要度の係数を記した表に基づく評価)」を導入しました。
これはつまり、成績の透明化ですよね。学生は、自分が何をどの程度達成しているか把握できるわけであり、達成状況が明示された資料を就職活動に生かすこともできます。また、企業としては学生採用時に優秀具合が仔細に把握でき、正確な評価が可能になります。とはいえ、本当にこれを遂行する場合は、教員と教務は大変な労力をかけることになります。シラバスを1科目ごとに一言一句チェックをし、それらを全部フィードバックして改訂を重ねていくわけですから。これを行うためには、本当の意味での教職協働がないと決して達し得ないことです。
この考え方は、実はJABEEからの学びでもあるんですよね。本学がJABEEを導入しているのは、自分たちのカリキュラムがどの程度のものなのか客観的な評価をしてもらい、技術者・研究者がどの程度育っているかを正確に把握するためです。そして、常に評価基準を見直しながらよりよい方向に変えていくためにPDCAサイクルをまわしていく。画期的とも言えるこの方法ですが、既存の大学教育の在り方とはだいぶ違いますから、変化を強いられる現場のストレスは大きいです。それでも、教授会などで繰り返しJABEEの必要性を説明し続けました。最終的には「仕方ない、学生のためになるなら!」と後ろ向き賛成(笑)も含め、皆様から賛同を得ることができました。そうした意味で、本学の教員と教務は、大学教育のあるべき姿について実践を通じて考え続けている状態にあると言えますね。
―― 今後、この大学が目指していることがあれば教えてください。
次にやらねばならないことのひとつとして、「リカレント教育(義務教育または基礎教育の修了後、生涯にわたって教育と労働、余暇などを交互に行なう教育)」があると考えています。今の日本では、大学を出た後には学習をする場がほとんどありません。子育てが終わって現場復帰しようとした女性たちも、ブランクを挟むことで技術的進歩についていけなくなり、結局パートの事務員に就くケースが非常に多いです。
2025年には590万人の労働力が不足するという予測もある中で、日本自体の体質を変えて、国内の生産力を高める必要があるはずです。そこで、一度仕事から離れた女性を技術者として第一線に戻せるシステムも必要となります。JABEEに認定され、技術者を養成している大学には、そうした教育環境の整備を進める使命がある。JABEE自体もリカレント教育に対する基準を設ければ、きっと産業界から喜ばれるのではないでしょうか。
こうした試みを視野に、今後も本学は教育する場の意義を常に考えながら「学生ファースト」の大学を目指していきます。
―― 蔡学長、ありがとうございました。
(2019年8月)
蔡 晃植学長 プロフィール
1991年東京大学農学部で農学博士を取得後、理化学研究所の基礎科学特別研究員としてバイオサイエンス研究に従事。奈良先端科学技術大学院大学助手を経て、2005年4月に長浜バイオ大学教授に着任。同大学大学院バイオサイエンス研究科長を経て2017年同大学学長に就任。現在に至る。